mooncatの図書館

本が好きです。図書館に住みたい。読んだ本の感想文を書いています。

返事はいらない 宮部みゆき レビュー ネタバレあり

宮部先生の『火車』を読んだ時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。消費者金融からお金を借り、返済できなくなって自己破産。その後別人になりすまして生活するという凡人には思い付かないような生活に衝撃を受けた。今作は『火車』の原型とも言える作品が掲載されているとのこと。嬉々として手に取った。

返事はいらない
恋人に振られた羽田千賀子はあまりの悲しさに自殺を考える。そんな時にひょんなことから出会った森永夫妻にコンピューター犯罪の計画を持ちかけられる。千賀子は恋人のことを繰り返し考える生活から抜け出したいがために計画に乗る。

千賀子を見ていて思うのは、恋人が好きなあまりに恋人に合わせすぎることって若かりしことは結構あるんじゃないかな?ということ。そしてつまらないと言われて振られる。いろんな人と恋愛して失敗するのは若い時の特権。にしても、コンピューター犯罪に加担することはないけどね。

警察にバレて逮捕されるのかと思いきや最後のオチ!!!返事はいらないってそういうことだったのね。

ドルシネアにようこそ
まだ携帯電話のない時代。駅に伝言板がある時代。イケテイルとされている人しか入れないディスコ、ドルシネアに憧れる伸治。いつも伝言板に『ドルシネアで待つ 伸治』と書く。読む相手はいないのに。

劣等感を抱えた伸治にとっては唯一見栄が張れるのが伝言板だった。ドルシネアに入ることのできるイケテイル自分。そんな伸治がある多重債務者を誘き出す計画に巻き込まれていく。不穏な空気の中ハラハラしていたけれど、ホッと心が温まるような最後。最後のメッセージ、好きだな。

言わずにおいて
個人的にあまり好きじゃないなぁ。愛人にお金を持ち逃げされて、その愛人を殺して、最後は妻を道連れに自殺。後のことはよろしくね!という芦原の身勝手さが理解できず。うーん、いい迷惑。

聞こえていますか
人間、知らない方が幸せなことって多いよね。どれだけニコニコしていても、腹の底ではどう思っているかなんて誰にも分からない。もしかしたら自分のことを嫌いかもしれない。でも知らなくていいじゃない?できれば一生。

血縁関係があろうと、家族であろうと元々は他人。合う、合わないは必ずある。誰かに嫌われてもいいじゃない。寂しいなら他の誰かと関係を築いたり、趣味を持ったりすればいいじゃない。そう思わずにいられなかった。『家族』という呪いは捨てた方が賢明。

裏切らないで
二十代の時って本当欲しいものが多かった。新しいお洋服にバッグに靴、コスメ、インテリアにもこだわりたい。休みの日には遊びにも行きたいし、デートもしたい。だからお金が欲しいのはとても分かるけれど、自分が稼ぐ以上の支出があっても平気な道恵の気が知れなかった。あぁ、これが『火車』の原型か。

彼女は自殺に見せかけられて殺されるが、犯人が31歳にもかかわらず『今の社会ではわたしはもうおばあちゃんなのよ。誰も振り返ってくれない』という言葉が悲しかった。女性の価値って若さだけ?もちろん若さだけが価値の業界も一部あるけれど、年齢を重ねるほどに知識や品格が備えられていく。そこに目を向けて欲しかったな。

私はついてない
裕以外の登場人物が全員怖い。会社の先輩に50万円もの借金をする逸美も、借金の担保に婚約指輪を取り上げる先輩も、籠抜け詐欺の片棒を担ぐ女性も、浮気をした裕の父親も。全ての登場人物が普通に見えて少しずつ歪んでいる。その様が読み進めるうちに少しずつ分かってくるのが怖くてゾクゾクして面白かった。個人的に6つの短編の中で一番好きだ。

今作の6つの短編はどれもお金が絡むお話。お金って大切だけど、お金に人生狂わされないように。人生の主役はいつも自分。お金を追い求めるがあまりに、お金以上に大切なものを見失わないように。そんなことを感じさせる作品だった。