mooncatの図書館

本が好きです。図書館に住みたい。読んだ本の感想文を書いています。

手紙 東野圭吾 レビュー ネタバレあり

差別を無くそう!人間皆平等。なんて言葉は誰が言い出したのだろう。そんな世の中あるはずないのに。普段私たちは生きていて、差別とは程遠いところにいる。あの人嫌いだな苦手だなと思っていても、表立ってその人を差別することはまず無い。だって大人だから。理性もあるし、弁えてもいるから。自分の立場を危うくしたくないし、自分の評判が落ちるような行動はしない。それが世の中を波風立てずにうまく立ち回る方法だから。

そう、表立って差別はしないのだ。でも見えない差別は確実に存在し、なくすことはできない。もし殺人をした人の家族が近所に住んでいたらどうだろう?家族は悪くないよ!と思う人は多いだろうが、積極的に仲良くしたいと思うだろうか。会えば挨拶はするし、表立って悪口を言ったり嫌がらせはしない。ただ関わりたくはない。加害者家族には幸せになってほしいとは思うが、自分の子供が加害者家族と仲良くしたり、結婚なんてことは避けたい。ぜひ幸せになってほしい、理解のある別の誰かと。そう、これが見えない差別だ。

強盗殺人罪で服役中の兄を持つ直貴は自身が幸せを掴もうとするたびに、兄の存在によってことごとく幸せを逃す。恋愛、就職、自身の夢。結婚後も妻が差別され、子供も差別され。差別はずっと続いていく。兄のことだから関係ないとは思うが、自分が会社の採用に関わる立場だったら?自分の子供がお付き合いをする相手だったら?近所に加害者家族が住んでいたら?何事もないように普通に付き合える人なんているのかな?

今作では根からの極悪人は登場しない。兄は強盗殺人を犯すが、遊ぶ金欲しさなどと言った理由ではなく、弟の進学費用が欲しかったから。朝美の両親は朝美が差別されること、自分達家族が差別されることを避けたかったから。バンド仲間はデビューして成功したかったから。直貴の近所の人たちは、自分達家族を守りたいから。そして直貴が兄と縁を切るのは、自分の家族を守りたいから。

人は大切なものを守りたいと思う。自分自身だったり自分の家族だったり。だって自分で守らないと誰も守ってくれないから。だから少しでも危ないと思った人には近付かない。それが守るということ。

自分がいつ加害者、被害者、その家族になるかは誰にも分からない。故意ではなくてもなり得る。その時にどう生きていくか。当事者でなければ差別は遠いところにあるから、自分と差別なんて無関係だと思うことができるのだ。

生きていくことは大変だ。辛いこと、苦しいこともあるし、なぜ自分だけがこんな目に合うのだろうと思うこともある。それでも生きている限り生きていかなくてはいけない。自分が死んでも誰も悲しまないなんてことはない。自分で気づいていないだけで悲しい思いをする人は必ずいる。だからその繋がりを自ら断つことは許されないと私は思う。やっぱり生きるって大変だ。