mooncatの図書館

本が好きです。図書館に住みたい。読んだ本の感想文を書いています。

家族趣味 乃南アサ レビュー ネタバレあり

日常に潜む狂気を描いた乃南先生の短編小説5編。明るい、楽しい小説よりも狂気じみた小説が好きだ。

魅惑の輝き
主人公の有理子は大の宝石好き。きっかけは両親から贈られたダイヤモンドのネックレス。両親が、有理子が10歳になった時から1粒ずつダイヤモンドを購入しそれを連ねてネックレスを作ったもの。なんて素敵で心にもお金にも余裕のあるご両親でしょう。一生の思い出になるし、宝物になるよね。しかしながらそのネックレスをきっかけに有理子は大の宝石好きになる。

これだけなら素敵なお話だが、借金をしてまでも新しい宝石を買い漁る有理子。両親や親戚からは呆れられ、家を追い出される。自分の身なりは適当なのに宝石にだけはお金を使う。大好きなものがあることは幸せだけどね。適当な身なりの人が美しい宝石をつけても・・・ね。偽物かな?って思っちゃう。

これ、宝石ではなくても誰しもが陥ったことあるんじゃないかな?女性だったらお洋服だったりバッグだったり靴だったり。借金するまでは行かなくてもやたらと集めたくなる収集癖。シンプルに怖かった。

彫刻する人
ぽっちゃり体型の川口恒春。恋人の可奈子に助言され、水泳を始める。運動不足解消のため、ダイエットのためだ。思ったよりも水泳にハマり、体型も変わっていく。脂肪が落ち、筋肉がついてくる。体型の変化が楽しく、もっとかっこいい体にしたい、この筋肉を失いたくないと食事にも気を遣うようになる。

え、自分のことかな?と思った。というのも私も10年前まではぽっちゃり体型だったが、自分の体型が嫌いで筋トレを始め筋肉をつけることにハマってしまった。今も筋トレだけは毎日欠かせない。だから恒春が鏡の前で自分の体をマジマジと見つめたり、筋肉が落ちることへの不安もよく分かる。体型が変わるだけで自信がつくし、何事にも前向きになるのもよく分かる。

ベクトルが自分に向くのは良いことだけど、ちょっと向きすぎてしまったかな。モテるようになり恋人を捨て新しい彼女に乗り換えたりね。結末は不運としか言いようがないけれど、何事もほどほどにということでしょうか。

忘れ物
うわー騙されたわ。こういう作者のミスリードにまんまとハマって読んでしまう小説大好き。今でこそ増えてきたけれど、会社の役職についている人って男性のイメージが強い。しかも今作は20年以上も前に出版されている作品。役職者=男性って思って当然。

課長は男性で、同性愛者だと思って読んでいたから最後のどんでん返しにはびっくりした。そして、阪口さんは亡くなったんだよね・・・?

デジ・ボウイ
情熱的に生きる直樹とその対極のように生きる彰文。彰文のように生きられると楽だろうな。家族であっても他人。自分は自分。頑張りすぎず、力を抜いて、何事にも動じない。大人でもこんな生き方は難しいのに中学生で達観している彰文が羨ましくなった。

今作に『生きる目的』なんて言葉が出てくるのだが、皆様は生きる目的ってありますか?私はそんな大それたことは無くて、ただ死ぬのが怖いから生きているし、何となく仕事があって家族がいて。美味しいもの食べたいし、いっぱい本も読みたいしゲームもしたいし。なんて欲望だらけ。結末はハッピーでもないし、アンハッピーでもない。けれど直樹はこれからどうやって生きていくのだろう?それが気になった。

家族趣味
一時期、会社で女性の役職登用推進がもてはやされた。結婚し、子供を産み、フルタイムで働き家庭と仕事の両立。その上趣味にも精を出し、自身のおしゃれも怠らない。そんな女性が雑誌に登場し、若かりし私は焦りを感じた。何だかそんなことを思い出させる今作。

カコは結婚して家庭を持ち、中学生の息子がいる。仕事もバリバリこなし、趣味のスカッシュを楽しみ、そして恋にも精を出す。家庭内では皆名前で呼び合う先進的な家族だ。人生は楽しくなくちゃいけない、充実していなきゃいけない。それがカコの考え方だ。

何もかもを手に入れているように見えるカコは実は何も手に入れていない。夫の気持ちはよそを向いているし、息子には母親とは思っていないと言われる始末。恋人といえども不倫関係で本当に大切にしたい存在ではない。何もかもを手に入れたいと欲張った結果がこれだ。そのことにカコが気づいていないのもまた悲しい。

最後はまぁそうなるよねという結末。自分が選んだパートナー一人大切にできない人は何も大切にできない。自分がしたことは必ず自分に返ってくる。これが世の常。

今作に収録されている短編小説5編はどれもちょっと気持ちが分かるかも?と思わせる作品で現実味があり、それがまたゾワゾワした。イヤミス好きにはたまらない1冊だ。