mooncatの図書館

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九月が永遠に続けば 沼田まほかる レビュー ネタバレあり

主要な登場人物に根からの極悪人はいないのに、この終始漂う不穏な雰囲気は何なのだろう。ずっと靄がかかっている感じ。スッキリしない。

物語は佐知子の高校生の息子文彦が失踪するところから始まる。誘拐されたのか、事故に遭ったのか、何か事件に巻き込まれたのか。時期を同じくして、佐知子と肉体関係のあった犀田が亡くなる。息子の失踪と犀田の死に何か関係があるのだろうか。息子の友人、担任、元夫の雄一郎と連絡を取り、息子の最近の様子や目撃情報を元にある一人の少女にたどり着く。雄一郎の後妻亜沙美の連れ子の冬子だ。

実は死んだ犀田は冬子のボーイフレンドだったり、冬子が文彦と会っていたり、亜沙美と文彦が会っていたりと佐知子の周囲での人間関係が明らかになる。これが終始漂う不穏な雰囲気を作り出していたのだ。誰もが悪意を持って行動しているわけではないのに、何だか薄気味悪い。ジメジメした気味の悪さ。おぞましい世界に片足を踏み込んだ気分だ。

亜沙美に全く悪意は無いのに、その儚さや美しさから周囲の男性が狂っていく様が本当に恐ろしかった。美しいから汚したい、美しいから一生をかけて守り通したい。でもいるよね、こういう人。私の脳裏に一人の女性が浮かんだ。彼女は一見地味なんだけど、目が合うとスゥーッと吸い込まれてしまうような力を持っていた。同性の私が魅了されるくらいだったから、男性なら狂うかもしれないね。

佐知子は悪意のない亜沙美によって夫も息子も奪われたと言っても過言ではないだろう。そして直接的ではないけれど犀田も。亜沙美の存在によって全てを奪われた佐知子に最初からずっと寄り添っていた服部だけがこの物語の光だった。辛い状況でも身の回りのことに気を配り、食事を作り、文彦の失踪に関係ありそうな人に会いに行き話をする。最初は空気の読めないおじさんという位置付けだったけれど、この空気の読めなさに最高に救われた。物語が服部の登場で終わるのも何とも心地良かった。